世界陸上大阪2007
大盛況の1991年東京大会[世界陸上コラム#1][Column]
ルイスが走り、パウエルが跳び、
男女マラソンで日本勢がメダル獲得


 それは、女子マラソンから始まった――。日本で初めて開かれた陸上の世界一を決める大会の興奮、そして感動。

 あの頃の日本の陸上は弱かった。優勝争い、あるいはメダル争い、大会が始まる前、そう話題にできるのはマラソンだけ。それも、男子マラソンしかない、といえる状況にあった。大会の盛り上がりを懸念する声は、東京大会開催が決まったときから聞かれていた。
 
 しかし、大会が始まると、それは一変していった。その火付け役が、女子マラソンだった。土曜日に始まった大会の2日目、日曜日の朝、今回の大阪大会と同じ7時にスタートした
yamashita.jpg女子マラソンで、いまは第一生命陸上部監督となっている山下佐知子(京セラ)、そして後に五輪メダリストとなる有森裕子(リクルート)が、35qまで4人の先頭集団の中にいた。休日の朝、起きぬけにテレビのスイッチを入れた全国の人々の目を、この女子マラソンが釘づけにした。

 山下が最後まで集団に残り、金メダル争いをしての銀メダル、有森はその前に後退したものの4位となった。このとき、山下の銀メダルは、1928年アムステルダム五輪の人見絹枝選手以来63年ぶりの日本女子陸上が獲得したメダルと表現された。

 この日曜日朝の出来事で、全国の人々は、世界陸上が始まる時間にチャンネルを回すようになり、首都圏の人々は国立競技場へと、足を運び始めた。

 地元の選手が活躍し、スーパースターがその名に値するパフォーマンスを見せれば、大会は盛り上がる。東京大会には、カール・ルイス(米国)がいた。100m、走幅跳、400mリレーの3種目に出場したのだから、毎日のように競技場に姿を見せた。
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走幅跳は、世界新記録を樹立したマイク・パウエル(米国)との競り合いで2位に敗れたものの、100mに勝ち、リレーに勝ち、2冠を達成。
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 興奮したテレビ中継ゲスト、プロ野球巨人軍の長島茂雄・元監督が「ヘイ、カール」と呼び掛けて、スーパースターへの興奮のボルテージは最高潮に達した。

takanao.jpg そして、今年から日本陸連強化委員長となっている400m、高野進(東海大教)の決勝への進出がラウンドごとに、世界陸上への注目度をヒートアップさせていった。最後の8人に残り、7位。こちらは、1932年ロサンゼルス五輪の吉岡隆徳選手以来、59年ぶりの日本短距離決勝進出と表現された。

taniguchi.jpg そして、最終日に男子マラソンがあった。翌年のバルセロナ五輪での「こけちゃいました」が有名になった現沖電気陸上部監督の谷口浩美(旭化成)が金メダル。このときはアナウンサーにうながされて「敬子、がんばったよ」とテレビを通じて新妻に呼び掛けた。1日1日、盛り上がっていった91年東京大会は、男子マラソンの金メダルとフィナーレを迎えた。

 あのころと比べると、日本の陸上は強くなった。もちろん、マラソンはいまでもメダル獲得期待の種目だが、そればかりではない。アテネ五輪王者・室伏広治(ミズノ)の男子ハンマー投があり、男子400mハードルは01年エドモントン、05年ヘルシンキ大会でいずれも銅メダルを獲得している為末大(APF)と、若手のホープ・成迫健児(ミズノ)の2人がメダルに挑む。

 そして、男子200mの末續慎吾(ミズノ)が、銅メダルを手にした03年パリ大会以来のメダル獲得にチャレンジする。トラック&フィールドに3人のメダリストがいて、この大会で新たなメダリスト誕生の可能性も大きい。
 
 16年前の東京大会を超える興奮が大阪・長居競技場を包み、日本中を世界陸上のとりこにする。

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